子どもたちの声を大切にした板書

子どもたちの声を大切にした板書

教材:「まいごのかぎ」 (光村図書3年/全7時間)

実践者:藤井悦子先生 (滋賀県・公立小学校)

本時のねらい:登場人物の気持ちの変化や性格を場面の移り変わりと結び付けて読み、感想を書くことができる。(思C(1)エ)

沼田先生:Q:今年度、藤井先生は2年連続の3年生の担任をなさっているとお聞きしました。ということは、「まいごのかぎ」のご実践は昨年もなさったということですよね。昨年と今年、授業を創る上でどんなことを考えながら単元を組み立てましたか?

藤井先生:A:今年度の3年生の子どもたちは、実態としてなかなか全員参加の学習が難しいスタートでした。国語科の学習でも、教科書をなかなか開けなかったり、自分の考えをもつことができなかったりしました。

そこで、「まいごのかぎ」の導入では、「題名読み」「挿絵の並べ替え(アニマシオンの手立て)」を用いて丁寧に行いました。語彙が少ない子もいるため、特に自分たちの「まいご」の経験を十分に引き出しながら交流しました。すると、「人」だけでなく「ものもまいごになる」という発言が出て、題名につなげることができました。そうして物語に興味をもち始めた時に、鍵穴のある4枚の挿絵の順番をばらばらに黒板に貼りました。すると、子どもたちは自然と内容を確かめるために教科書を開き始めました。いつも教科書をなかなか開けないのに……(笑)あの光景は本当に嬉しかったのを覚えています。

第二次では、授業に全員参加できるように「りいこが一番びっくりしたふしぎは?」を課題に設定し、自分の考えをもてるようにしました。また、りいこの人物像について考える授業は、学級の実態から、単元の前半に行うことは難しいと考え、りいこの変容を読み取った後の第6時に入れました。したがって、指導書より1時間時数が多くなっています。

第1時の板書写真
学習内容
1 題名読みや挿絵の並べ替えで、内容の大体を捉える。
2 物語を一文で表現し、あらすじを捉える。
3 各場面の様子についてキーワードをまとめる。
4 4つの鍵穴を比較し、りいこの心情の変化を捉える。
5 物語の前半・後半を比較して、りいこが変容した理由を捉える。
6 りいこの人物像を捉える。
7 「おもしろいな。」「すきだな。」というところを中心に、感想を書く。

子どもが変われば、授業も変わる
私も何度も同じ学年を担任した経験がありますが、同じ学年だからと言って、同じような手立てでうまくいくとは限りません。単元の導入では、子どもたちの経験にも触れながら、どれだけ言葉を引き出すことができるかが勝負です。その上で、子どもたちの解釈をもとに読みを深めていく第二次の組み立てを考えます。藤井先生も子どもたちの実態に合わせて、第二次の授業の順番を変更したと述べていました。このような子どもたちの実態に合わせた柔軟な組み立て方ができるかどうかが、子どもたちの言葉の学びにも大きく影響してきます。

沼田先生:Q:子どもたちが変われば、授業プランも変わってくるということですね。藤井先生とは何度も実践交流をさせていただいておりますが、先生の板書には様々な「子どもたちへの手立て」が詰まっていますよね。第2時の板書は、階段のようなデザインが印象的です。この板書はどのようにして生まれたのですか?授業の様子も含めて、詳しく教えてください。

第2時の板書写真

藤井先生:A:実は、立体型板書の10のパターンを知ってから、板書計画を細かく立てなくなりました。私も以前は、綿密に計画を立てていました。しかし、近年は子どもの様子や学習の流れに合わせて、即興的に板書を変えることがあります。第2時の板書も、前時の子どものつぶやきから思いついたものです。第1時の初読の際、「りいこって目がいいよな。バス停の鍵穴に気付くなんて。」とつぶやいた子がいたのです。しかし、その時は他の子どもたちの発言に、そのつぶやきがつながることはありませんでした。授業後、改めて挿絵を見ると「バ」の点は小さいし、りいこは台の上に乗っています。本文にも「りいこは、かんばんの前でせのびをしていました。」とあります。そして、うつむいていたりいこの視線は、鍵穴を見つけるたびにだんだん上に上がっている……。これを子どもたちに気付かせようと、挿絵を下から階段のように貼ってみました。本時のめあては、「あらすじを考えよう」だったので、はじめは、りいこの視線には気が付きませんでしたが、バス停の鍵穴の場面で「○○くんが昨日こんなこと言ってたんだけど……」と言うと、りいこの視線の変化に気付き、「だから、バスの中から手を振っているうさぎを見つけられたのではないか。」と話し合いが深まっていきました。

この視線の変化について、その後の学習でもしきりに子どもたちは発言することになるのですが、それはこの階段型の板書が印象的だったからではないかと思っています。

子どもの言葉で板書を創る
とても素敵な授業エピソードですね。まさに「子どもと共に創る授業」です。私も「板書に残す言葉は子どもの言葉で」を常に意識していますが、板書の型までも子どもたちの声から創ってしまうとは……。「階段型」に挿絵を貼ることで「りいこの視線」を可視化できるというのは、他の教材にも応用できそうなアイデアですね。また、子どもたちの「つぶやき」には本音が詰まっています。つぶやきを大切にする授業は必ず深まります。

沼田先生:Q:板書に「余白」を残すことで子どもたちの思考を活性化することもできますね。私もなるべく板書は「シンプルに」を意識しています。第3時や第5時の板書は、シンプルにしたことで授業で扱いたいことが明確になっているように感じます。この点については、どのように考えて授業をなさりましたか?

第3時の板書写真
第4時の板書写真
第5時の板書写真

藤井先生: A:私は、板書を書き過ぎてしまうことが多いんです。学習が終わって板書を見ると、余白がないということも……。最近では、発言すべてを書くのではなく、子どもの思考のつながりが見えるように気を付けています。

第3時では、 鍵穴にかぎが入ったときの音だけを板書しました。これは、第1時の題名読みで、「本当の鍵穴を探すまいごのかぎの話?」という意見が出ていたので、そのことを話し合いたかったからです。余白が多いことで、擬音語が目立ち、子どもたちは「どの鍵穴にもかぎは入っているから、どれも必要な鍵穴だったのでは……。」という思考の流れになりました。そしてその思考は、どの鍵穴(ふしぎ)にも意味があったという第4時の学習につながりました。

第5時の板書は、「まいごのかぎ」の単元の中で唯一、挿絵を貼らない授業でした。この授業では、本文の言葉を目立たせたかったため、あえて挿絵を使いませんでした。そのため、板書では色や矢印を工夫しました。りいこの気持ちをマイナスからプラスに表したことで、大きく変化していることが可視化されました。

板書に何を、何のために残すのか?
板書はただ書けば良いというわけではありません。しっかり「何のために用いるのか」という目的をもって言葉を書き残す必要があります。この目的観が曖昧になると、情報を羅列するだけの羅列型板書になってしまうのです。目的観が明確になれば、黒板上にどのように言葉を配置するのかも決まってきます。そして、工夫された言葉の配置によって、子どもたちの思考は動き出します。

沼田先生:Q:板書を中心にした授業提案ではよく「子どもたちのノートはどうなっているの?」と聞かれることが多いですが、藤井先生の実践では、子どもたちのノートにも学びの軌跡が残っていますよね。子どもたちのノートに板書がどのような影響を与えていますか?これまでのエピソードも踏まえて、ぜひ教えてください。

第6時の板書写真
子どものノートの板書写真

藤井先生:A:私は、ノートには「板書を全部書かなくていい。」と伝えています。ノートには、自分の考えと「書きたいな」と思ったことを書くように声かけしています。そのため、3年生でも、それぞれノートの内容が違います。授業で作成したノートは、「がんばりノート」としてコピーした物を教室掲示して交流しています。立体型板書に取り組むと、子どもたちのノートにも変化が見られます。羅列型でなく子どもたちの思考がつながっていく立体的なノートになります。そして矢印も太さを工夫し、色に意味をもたせて効果的に使う子も見られるようになりました。

また、「板書をこうしたら……。」と子どもたちから意見が出るようにもなりました。「まいごのかぎ」の実践でも、第4時の真ん中に貼った「かぎ」は子どもの意見です。「どのふしぎにもかぎが関係しているから、真ん中に貼ったら……。」と発言したのです。板書を循環型にしたので、鍵穴とふしぎのつながりを考えることができたのでしょう。また第5時のりいこの人物像に迫った板書では、4月に学習した「春のくらし」で書いたマッピングを思い出していました。「『りいこ』って真ん中に書いて線でつなげていこう。」という意見が出てこのような形になりました。板書を子どもたちと創っていける!というのも立体型板書のいいところです。

板書が変わるとノートが変わる
真面目な子ほど板書をそのまま写してしまいがちではありませんか?せっかくの読みを深めるための話合いも、ノートに板書を写すことに必死で全く聞いていなかったなんてことも……。それでは、意味がありません。ノートは、ただ板書を書き写す場ではありません。個人思考の重要な基地、そして、自分の学びをデザインする場です。板書を通して、学ぶことのできる「思考のプロセス」が子どもたちのノートにも転移します。何事も「継続は力なり」です。板書が変われば、子どものノートが変わります。

沼田先生:Q:板書を使うにしろ、ICTを活用するにしろ、藤井先生の授業のように「子どもたちの思考」を育てることが大切ですよね。今後も様々な授業実践を展開されると思いますが、どのような授業を目指されますか?

藤井先生:A:最近では、「先生は、黒板にいっぱい書くからね」と学級開きの自己紹介で「板書にこだわりをもっていること」を宣言するようになりました。今後は、「子どもたちの思考」が深化するように、書き過ぎないことを仕掛けとした「書かない板書」も目指したいと思っています。また、個人思考を強化する場としてICTを活用し、全体の考えを板書で交流するコラボ授業も目指したいとも思っています。

子どもたちの思考を刺激する板書を目指して
子どもたちの思考力を育てるためのツールは様々です。国語の授業における板書は、使い方次第で思考に与える刺激は大きく左右します。板書の見方は、正直、子どもたちに委ねられています。10人の子どもがいれば、10通りの見方があるでしょう。だからこそ、授業で板書を工夫するおもしろさがあります。どんな仕掛けで、どの子に、どのような思考を促すのか。そして、その思考が子ども同士をつなぎ、言葉の世界が広がっていくことにつながるのでしょう。

今回、藤井先生が第2時で用いた「階段型」の板書とそこから生まれた子どもたちの思考は、衝撃でした。これは挿絵を横並びにした板書では、生まれなかった気付きのある授業でしょう。この「ちょっとした違い」が思考に大きな影響をもたらします。藤井先生のこの実践は、子どもたちにとって、単なる記録ではなく、「記憶に残る板書」だったのではないでしょうか。「立体型板書」の新たな可能性を垣間見ることができました。藤井先生が子どもたちの声に耳を傾け、大切にしてきたからこそ生み出された板書です。これから1年間の藤井学級の子どもたちの成長が楽しみです。ありがとうございました。